竹内栖鳳(たけうち せいほう)の絵画買取なら高額査定の可能性!SATEeee絵画買取へ
1.竹内栖鳳を売りたいお客様へ
竹内栖鳳は京都生まれの日本画の絵画作家で、明治時代から昭和の時代にかけて活躍しました。絵を描くことに関してずば抜けたセンスを持っていた竹内栖鳳は、まさに天才画家だといえるでしょう。竹内栖鳳は、四条派の画風といった伝統的な日本画の技法に基づきながらも、西洋画法を取り入れて新しい日本画を築き上げます。画題についても、身近なものから外国の風景や当時は珍しかった外国の動物など、どんなものでも取り入れて圧倒的な表現力をもってして描き上げました。竹内栖鳳は、1937年に第1回文化勲章を受章しています。2.竹内栖鳳についての解説
京都画壇の重鎮として君臨した竹内栖鳳は、「東の大観、西の栖鳳」と評された絵画作家です。14歳の頃から絵を学び始めた竹内栖鳳は、17歳で丸山四条派に入門しました。丸山四条派は京都を中心に興った流派で、形式主義的な日本画ではなく、写生重視の創造的に富んだ画風が特徴となっています。海外でロマン主義のターナーやバルビゾン派のコロー等の作品に感動した竹内栖鳳は、西洋画の要素を日本画、特に四条派の画風に取り入れようと努めました。結果として、柔らかな光線や空気感までも作品に表現した、いままでにない画風を確立することに成功します。3.竹内栖鳳の歴史
1864年、竹内栖鳳は京都の料理屋を営む家に生まれます。17歳のときに幸野楳嶺に師事し、頭角を現します。1887年に京都府画学校を卒業して独立し、日本絵画協会などに作品を出品しました。1900年には7カ月かけてヨーロッパを視察し、西洋絵画に深い感銘を受けます。帰国後、文展審査員や帝展審査員に選出され、京都画壇の中心人物としての地位を確立しました。1909年には、京都市立絵画専門学校の教授に就任。1924年にはレジオンドヌール勲章、そして1931年にはハンガリー最高美術賞とゲーテ名誉賞を受賞しました。さらに、日本の文化発展に大きく貢献した絵画作家として、文化勲章も授与されています。4.竹内栖鳳の代表作品
「飼われたる猿と兎」1908年 「絵になる最初」1913年 「班猫」1924年 「平家驚禽声逃亡」 「秋興」1927年5.竹内栖鳳の買取査定ポイント
竹内栖鳳の作品の買取査定ポイントは、真作かどうか、そして作品の保存状態の良さにあるといえるでしょう。竹内栖鳳ほど絵の上手い絵画作家に、果たして贋作などあるのだろうかと考える人もいらっしゃるかもしれません。しかし、模写した作品が売りに出され、竹内栖鳳の作品だと勘違いされてしまう場合もあるでしょう。また、もっと悪質な場合であれば、知名度の高い絵画作家である竹内栖鳳の贋作を作って高値で売り出すこともあるかもしれません。いずれにせよ、竹内栖鳳の贋作は流通していますから、真作だと証明できることが重要な査定ポイントになります。- 真作かどうか
- 鑑定書は付いているか
- 付属品は付いているか
- 保存状態は良いか
6.竹内栖鳳の買取相場価格
竹内栖鳳の作品の買取相場価格は、約2万円から40万円ほどとなっています。「蓮莱仙洞図」は、約32万円で取引されました。保存状態が概ね良好なこの作品は、東京美術倶楽部鑑定委員会発行の鑑定書が付けられた状態で出品されました。また、「外海春色図」は約20万円で取引されました。こちらの作品も東京美術倶楽部鑑定委員会による鑑定書が付いており、真作証明済みの作品として出品されました。7.竹内栖鳳の買取についてのまとめ
新しい日本画を追い求めて、類まれなる才能を発揮した竹内栖鳳。竹内栖鳳は現在でも人気のある絵画作家ですから、真作であると証明できれば高額査定を期待できるでしょう。加えて、保存状態が良ければ査定額アップを見込めます。どんなに素晴らしい作品でも、保存状態が悪ければ買い手もなかなか見つからないもの。竹内栖鳳の作品を売却する場合、きちんと作品を保管し、保存状態を良いものに保つよう努めましょう。品物の取引相場価格を検索
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