正宗 得三郎(まさむね とくさぶろう)の絵画買取なら高額査定の可能性!SATEeee絵画買取へ
1.正宗 得三郎の絵画作品を売りたいお客様へのご案内
正宗得三郎は日本の洋画家です。明治から昭和にかけて活躍し、仁科会の創立にも参加しました。富岡鉄斎の研究者としても知られ、著書に『鉄斎』があります。渡仏して出会ったモネやマチスに感化され、「光」と「色彩」の描き方を学びました。印象派を彷彿とさせる自然描画が特色です。戦後から没年まで東京・府中に暮らし、武蔵野の自然と明るく柔らかな色彩で描き出しました。温かみのある自然風景作品が多く、幅広い年齢層の愛好家から支持されています。
このページの目次
2.正宗 得三郎という絵画作家について
正宗得三郎は、19歳のときに日本画家を志し上京、寺崎広業に師事します。その後洋画家へと転向し、東京美術学校(現・東京芸術大学)西洋画科を卒業しました。1914年以降、二度に渡り渡欧し西洋絵画を学びます。帰国後、二科展に出展した『トックの女』や『リモオジュの朝』といった滞欧作品が評判を呼び、洋画家としての地位を確立しました。最後の文人画家・富岡鉄斎に傾倒し、作品研究にも精力的に取り組んだことで知られています。
3.正宗 得三郎の絵画作家についての経歴など
正宗得三郎は1883年、岡山県・備前市の旧家に三男として生まれました。実兄には小説家の正宗白鳥、国文学者で歌人の正宗敦夫がいます。東京美術学校在籍時に青木繁と知り合い、青木の絵画への情熱の深さに刺激を受けました。1909年に文展入選、1915年に二科会の会員となり、第二次世界大戦前までは二科会の重鎮として活躍します。1945年、空襲により中野のアトリエを焼失し、長野県飯田へと移住しました。戦後は熊谷守一、栗原信らと「第二紀会」を結成し画家として活躍する一方、富岡鉄斎の研究にも没頭しました。1962年に79歳で亡くなるまで片時も休まず制作を続けました。
4.正宗 得三郎の絵画代表作品とは
- 河港(1911年)
- トックの女(1913年)
- チューリップ(1915年)
- 秋林(1923年頃)
- 大あざみ(1960年)
5.正宗 得三郎の絵画作品の買取査定ポイントを解説
正宗得三郎の作品は真作であれば高額の可能性が高くなります。落款や署名、額装、鑑定書などがありますと高価値といえます。また、滞欧作や自然風景を描いた洋画作品の人気が高い画家です。このため、描かれているモチーフ(風景か人物か、洋風か和風か、など)により、査定価格が変動する可能性があります。作品に汚れやしわ、シミなどなければ、より高値での取引きが期待できます。
代表的な絵画作品の査定ポイントはこちら- 真作である可能性の高さ
- 署名がはっきり書かれているかどうか
- 額装を含めた作品状態の良さ
- 作品の汚損の有無
- 入手の経緯
- 制作時期
6.正宗 得三郎の絵画作品の取引相場や参考価格
正宗得三郎は、洋画の評価が高い画家ではありますが、山水画の画力も高く人気があります。オークションで取引された、本紙約33cm×125cm、軸約49cmの掛け軸作品『梅溪山水』は8,296円の値が付きました。こちらは大きな傷みのない良品です。洋画では、本紙23.5cm×32cm、額44cm×54cmのキャンバスに油彩で静物が描かれた作品が10,000円で取引きされました。こちらは額、マージン(余白)に傷みがあるものの作品状態は概ね良い油彩画です。
7.正宗 得三郎の絵画作品の買取についてのまとめ
正宗得三郎はモネやマチスの影響を深く受けた、光をはらんだような色使いが特色の画家です。独特で温かみのある色彩と、日本人ならではの自然憧憬を感じさせるその作品は、現代でも多くの愛好家に愛されています。大型の作品はあまり流通しておらず、お手頃な価格で収集できる点が正宗得三郎作品の魅力です。本物であればぜひ手に入れたいという愛好家が多い画家の一人なので、作品をお持ちの方はぜひ一度査定に出されることをおすすめいたします。
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