蠣崎 波響(かきざき はきょう)の絵画買取なら査定金額を比較できる「SATEeee絵画買取」へ

1.蠣崎 波響の作品を売りたいお客様へ

蠣崎波響は、江戸時代後期に活躍した画家で、松前藩の家老です。人物画や山水画、花鳥画を得意としており、複数の作品が北海道や函館市の文化財に指定され、現在でも高い評価を得ています。蠣崎波響の絵画は人気がありますが、時代が古いことから希少性があり、高額な査定額になる可能性があります。

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2.蠣崎 波響についての解説

蠣崎波響が27歳の時に制作した代表作『夷酋列像』は、12人のアイヌの首長たちを描いた連作です。国内では函館市中央図書館に2点所蔵されており、他は1980年代にフランスのブザンソン美術考古学博物館で『夷酋列像』が11点発見されました。波響はこの作品の後に円山応挙に師事し、画風を南蘋派から円山派へ大きく変化させます。晩年になって大作『釈迦涅槃図』を制作しました。さらに漢詩も六如上人に学び、『梅痩柳眼村舎遺稿』上下2巻を書くなど、多才な人であったことがうかがえます。

3.蠣崎 波響の歴史

蠣崎波響は、1764年に松前藩12代藩主松前資広の5男として生まれました。家老蠣崎家の養子となり、幼い頃から画を好んで、8歳のときに疾走する馬を描いて人々を驚かせたといわれています。1773年に江戸に行き、南蘋派の画家、建部凌岱や宋紫石に師事します。1783年の20歳のときに松前に戻り、大原呑響と親交を結びました。1789年のクナシリ・メナシの戦い(寛政蝦夷蜂起)で松前藩に協力したアイヌの酋長を描いた『夷酋列像』が代表作とされ、1791年に上洛した際には京都で話題となり、光格天皇の天覧に供されました。松前藩の家老としても尽力し、1826年7月に63歳でなくなりました。

4.蠣崎 波響の代表作

  • 夷酋列像(1790年)
  • 釈迦涅槃図(1811年)
  • 名鷹図(1815年)

5.蠣崎 波響の作品の買取査定ポイント

蠣崎波響の作品は、時の天皇に賞賛されたことなどから模写などの作品が多いため、真作の肉筆画であることが高額査定の重要なポイントです。作品の保存状態がよく、正式な鑑定書が付属した作品であれば査定額が期待できます。

代表的な査定ポイント
  • 真作の肉筆画か
  • 正式な鑑定書が付属しているか
  • 共箱、共シールなど付属しているか
  • 作品の保存状態はよいか

6.蠣崎 波響の作品の取引相場価格

蠣崎波響の『鐘馗図』がネットオークションで660,000円もの価格で落札されました。掛軸として装幀された日本画で、サイズは本紙が縦94.3cm×横36.0cm、全体が縦180.0cm×横51.9cmの絹本着色の肉筆作品です。道教系の神である鐘馗が描かれており、落款もあります。こちらは鑑定書が付属していない作品で、ネットオークションなどでは模写や真贋不明の作品も多く、真作と確認できた絵画作品であればかなりの取引額が期待できます。

7.蠣崎 波響の作品の買取についてのまとめ

蠣崎波響は人物画や花鳥画などで優れた作品を描いて活躍しながら、松前藩の家老として藩の安泰にも生涯にわたって尽力しました。蠣崎波響の真作の絵画作品は貴重なものとなっており、高値の可能性があるため、一度査定して価値を確かめられてはいかがでしょうか。

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