原田 直次郎(はらだ なおじろう)の絵画買取なら高額査定の可能性!SATEeee絵画買取へ

1.原田 直次郎の絵画作品を売りたいお客様へのご案内

原田直次郎は夭折した日本の洋画家です。ドイツのミュンヘンにて絵画技術、遠近法を学んだ原田直次郎の作品は安心感と安定感があると言われています。36歳の若さで亡くなったため作品数が少なく、展示される機会も少ないため非常に貴重だと言われています。真作の場合には高額査定が期待できるでしょう。

このページの目次

2.原田 直次郎という絵画作家について

原田直次郎は重要指定文化財に指定された作品を描いた洋画家です。しかし、当時の日本では洋画排斥の真っただ中にあり、洋画家として評価されることなく36歳の若さで夭折しています。若くして亡くなった画家であるため現存する作品は35点と非常に少なく、その多くが男性の肖像画となっています。ドイツで学んだ技術により、遠近法に優れており安定感と安心感のある作品として親しまれています。小説家である森鴎外とは生前に交流があり、森鴎外の小説『うたかたの記』の主人公のモデルになった人物でもあります。

3.原田 直次郎の絵画作家についての経歴など

原田直次郎は1863年に幕府蕃書調所出役の原田一道の次男として誕生します。兄は地質学者である原田豊吉で、幼少期から外国語教育を受けて育ち、1873年には東京外国語学校フランス語科に入学しています。当時は美術学校がなかったため美術学校へは進みませんが、11歳の頃から洋画家の山﨑成章に学び、20歳になると当時洋画家界の最高峰と呼ばれた画家である高橋由一から1年間学びます。翌年にはドイツに渡り兄の友人であったガブリエル・マックスに師事し、スイス、パリを経て1987年に帰国します。帰国後の日本は洋画排斥の真っただ中であり、国粋主義的な龍池会に所属します。洋画排斥の動きは強まり、のちに重要指定文化財となる作品も当時は賞を受賞することがありませんでした。海外で学んだ技術により日本的題材で画を描こうとしたものの、1983年に発病し寝たまま制作するような状況となり、本領を発揮することなく1898年に夭折します。

4.原田 直次郎の絵画代表作品とは

  • 靴屋の親爺(1886年)
  • 龍騎観音(1890年)

5.原田 直次郎の絵画作品の買取査定ポイントを解説

原田直次郎の作品は数が少なく市場に出回ることがないため、買取査定では真作であるかが重要なポイントとなります。そのため真作であることを保証できる鑑定書があると高額査定に繋がるでしょう。

代表的な絵画作品の査定ポイントはこちら
  • 原田直次郎の真作であるか
  • 鑑定書の有無
  • 作品の種類(どんな技法が使用されているか、人気のある作品かどうか)
  • 保存状態が良いか(シミやシワ、汚れや油彩のひび割れの有無)
  • 作品の大きさなど

6.原田 直次郎の絵画作品の取引相場や参考価格

原田直次郎の作品は数が少なく現存する作品数が35点であると言われているため、画廊やオークションでも登場することがありません。美術館での展示でも目にする機会が少ないと言われるほどです。そのため大判画集として出品されているものであっても20,000円となっています。希少価値の高さから真作であれば、間違いなく高額な査定となるでしょう。

7.原田 直次郎の絵画作品の買取についてのまとめ

原田直次郎は明治を代表する画家です。洋画排斥の中でも洋画の素晴らしさを訴えかけた人物です。36歳という若さでこの世を去ったため作品数が少なく、現存する作品は35点と言われています。そのため原田直次郎の真作であった場合には高額な査定が期待できます。原田直次郎の作品をお持ちの方はぜひ一度、査定をしてみてはいかがでしょうか。

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