Eugene Delacroix(ウジェーヌ・ドラクロワ)の絵画買取なら高額査定の可能性!SATEeee絵画買取へ

1.Eugene Delacroixの絵画作品を売りたいお客様へのご案内

ウジェーヌ・ドラクロワは、19世紀中頃にフランスで活躍した画家です。激しい色彩と躍動感あふれる構図によって、古典的な形式美に対抗し、テオドール・ジェリコーと並びロマン主義を代表する画家として歴史に名を残しています。その自由な筆致や明るい色使いによって、のちの印象派の画家たちに大きな影響を与え、近代美術の誕生と発展に大いに貢献した画家として高く評価されています。

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2.Eugene Delacroixという絵画作家について

ウジェーヌ・ドラクロワは、師ピエール=ナルシス・ゲランの新古典主義よりも、ルーベンスやヴェネチア派の豊かな色彩や、同時代のテオドール・ジェリコーやイギリスのジョン・コンスタブルから影響を受け、また、シェークスピアやバイロンなどのイギリス文学にも親しみ、極めて情熱的な様式を確立させていきました。北アフリカ旅行では同地の色彩と風物に感銘を受け、色彩の視覚的な効果を追求します。また、ゲーテやシェークスピアの著作のための挿絵において、リトグラフ版画の芸術性を高めることにも貢献しました。

3.Eugene Delacroixの絵画作家についての経歴など

ウジェーヌ・ドラクロワは、1798年にパリ郊外のシャラントン(現サン・モーリス)に生まれ、1815年にピエール=ナルシス・ゲランに弟子入りします。1822年に『ダンテの小舟』でサロンに初入選、1824年の『キオス島の虐殺』で名声を高めました。1825年にイギリスに渡り、トマス・ロレンスやリチャード・ボニントンらと交流、1832年には北アフリカを旅行し、以後、その風物を描いた作品も多数制作しました。帰国後には、宮廷や教会を飾る壁画の制作にも取り組み、1863年に亡くなる前年には国民美術協会の設立にも尽力しました。

4.Eugene Delacroixの絵画代表作品とは

  • ダンテの小舟(1822年)
  • キオス島の虐殺(1824年)
  • サルダナパールの死(1827年)
  • 民衆を導く自由の女神(1830年)
  • アルジェリアの女たち(1834年)

5.Eugene Delacroixの絵画作品の買取査定ポイントを解説

ウジェーヌ・ドラクロワの価格査定では、まず画家の本物の作品であるかどうかが重要です。来歴や出品歴、掲載歴がわかると査定の際、役立つでしょう。また、素描よりも油彩画に、小さいものよりも大きいサイズの作品に高額の評価がつけられる傾向にあります。油彩画では剥落やヒビ、素描では、シミや破れなどがないかも査定額に反映されます。

代表的な絵画作品の査定ポイントはこちら
  • ウジェーヌ・ドラクロワの本物の作品であるかどうか
  • 展覧会の出品歴や雑誌などの掲載歴があるかどうか
  • 作品に欠け、シミ、日焼け、カビなどがないかどうか
  • 出来栄えが良いかどうか
  • サイズは大きめかどうか

6.Eugene Delacroixの絵画作品の取引相場や参考価格

ウジェーヌ・ドラクロワの作品の買取価格が、国内の画廊やオークションサイトで公開されることはほとんどありません。海外のオークションでも油彩完成作が出品されることは稀ですが、油彩スケッチや素描であってもほとんどが高額で落札されています。2017年のクリスティーズの売り立てでは、「民衆を率いる自由の女神」の習作油彩画で、64.5cm×81.3cmの作品が、約4億4,000万円(以下、全て日本円換算)もの値段で落札されました。2019年にも43.8cm×35.6cmほどの油彩スケッチが、約2,400万円で落札されています。また、2007年のダラスでのオークションでは、23.5cm×31cmの油彩スケッチに、ヴェロネーゼ作品の模写であるにも関わらず約600万円~800万円の予想落札額がつけられていました。

7.Eugene Delacroixの絵画作品の買取についてのまとめ

ウジェーヌ・ドラクロワは、ロマン主義絵画の泰斗であるだけでなく、フレデリック・ショパンやジョルジュ・サンド、テオフィール・ゴーチエら同時代の一流の音楽家や文学者とも交友関係を結んだ19世紀フランスを代表する芸術家です。ドラクロワによって展開された筆致や構図の自由闊達さ、色彩への深い情熱がなければ、のちの絵画史の流れは大きく変わっていたと言えるほど評価の高い画家なので、高額査定が大いに期待できるでしょう。

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