Carl Larsson(カール・ラーション)の絵画買取なら高額査定の可能性!SATEeee絵画買取へ
1.Carl Larssonの絵画作品を売りたいお客様へのご案内
カール・ラーションは、19世紀後半にスウェーデンで活躍した画家で、同国におけるアーツ・アンド・クラフツ運動の立役者の一人でもあります。油彩や水彩、フレスコ画などを制作しましたが、ダーラナ地方スンドボーンの自邸で営まれた牧歌的な家庭生活を水彩画で描いた作品群が最もよく知られています。祖国の風俗や歴史、家族や家庭の情景を愛情を込めて描いた作品は、日本でも多くのファンを集め、たびたび展覧会が開かれています。
このページの目次
2.Carl Larssonという絵画作家について
カール・ラーションは、30代を目前にして訪れたパリ近郊グレー=シュル=ロワンにて、それまでの仰々しい油彩画を捨てて、水彩画に取り組むことで画家としての転機を迎えました。その後、スンドボーンでの温かい家庭生活を描いた画集はヨーロッパ全土で人気を博しました。明確な輪郭線や明るい色彩には、パリ滞在時流行していた日本の浮世絵の影響も指摘されています。ラーション自身は、公的な場所に描いたフレスコ壁画を水彩画以上に代表的な画業と位置付けていました。
3.Carl Larssonの絵画作家についての経歴など
カール・ラーションは、1853年、ストックホルム近郊ガムラスタンに生まれました。貧しい幼年時代を経て、13歳で王立美術アカデミーへの入学を果たし、在学中から挿絵や風刺画を描く仕事で家計を助けました。1877年からパリで不遇の時代を過ごした後、1882年、グレー=シュル=ロワンにて将来の妻カーリンに出会い、水彩画を主に制作するようになります。1888年、スンドボーンの現在記念館となっている家屋「リトル・ヒュットネース」に移り住み、1915年には国立美術館のための壁画を制作。晩年は自伝の執筆にも取り組み、1919年にその生涯を閉じました。
4.Carl Larssonの絵画代表作品とは
- 娘ブリタとともにいる自画像(1895年)
- マンマと少女たちの部屋(1897年)
- キッチン(1898年頃)
- 大きな帽子のカーリン(1905年)
- 自画像(1905年)
5.Carl Larssonの絵画作品の買取査定ポイントを解説
カール・ラーションの価格査定では、まず画家の本物の作品であるかどうかが重要です。小さいものよりも大きいサイズの作品に高額の評価がつけられる傾向にあり、また、鉛筆素描や版画よりも水彩画や油彩画が高額査定の対象となります。仕上がりが良いか、シミや破れ、日焼けなどが無いかといった作品の状態もポイントです。
代表的な絵画作品の査定ポイントはこちら- カール・ラーションの本物の作品であるかどうか
- 展覧会の出品歴や雑誌などの掲載歴があるかどうか
- 作品に欠け、シミ、日焼け、カビなどがないかどうか
- 出来栄えが良いかどうか
- サイズは大きめかどうか
6.Carl Larssonの絵画作品の取引相場や参考価格
カール・ラーションの作品の買取価格が、国内の画廊やオークションサイトで公開されることはほとんどありませんが、海外のオークションでは、しばしば取引があります。1998年のクリスティーズに出品された、民族衣装の少女たちを描いた『Kersti’s Birthday』は、サイズが52cm×73cmで、18万8,500ポンド(約250万円)で落札されました。2019年の例を見ても、スウェーデンのオークションハウスで、田園の情景を描いた油彩画(54,5cm×65cm)に、日本円にして約280万円~350万円の落札予想額が提示されています。
7.Carl Larssonの絵画作品の買取についてのまとめ
カール・ラーションは、故郷とそこでの家庭生活に温かい眼差しを向け、繊細な線描と透明感あふれる明るい色彩によって描き出し、近代スウェーデンを代表する画家となりました。日本を「芸術家としての私の故郷」と語ったラーションの作品は、スウェーデンだけでなくこの日本でも大きな人気を博しているため、意外な高額査定も期待できるでしょう。
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