斎藤真一(さいとう しんいち)の絵画買取なら高額査定の可能性!SATEeee絵画買取へ
1.斎藤真一を売りたいお客様へ
斎藤真一は、岡山県出身の洋画の絵画作家です。少年期に大原美術館に足しげく通い、シャルル・コッテやエル・グレコなどの作品に大きな影響を受けました。フランスで藤田嗣治と親交を深め、帰国後に目の見えない女性の旅芸人「瞽女」(ごぜ)を取材して作品をシリーズ化します。大胆なデフォルメを加えて描かれた、なんともいえない哀愁を漂わせた「瞽女」シリーズは、やがて斎藤真一の代表作になります。2.斎藤真一についての解説
初期の頃の斎藤真一は西洋絵画の遠近法や陰影法を使用した、伝統的な空間表現を行い、静物画や人物画を描いた作品制作を行いました。パリ留学から帰国後に取り組んだ「瞽女」シリーズでは、これまで培ってきた伝統的な技法を捨て去り、遠近法を無視してデフォルメを大胆に用いた作品を制作するようになります。鮮烈な赤色を効果的に使用して、決して幸福とは言い難い境遇の瞽女たちや明治時代の遊郭の女性たちを描きました。生涯を通してヨーロッパや国内などを旅してまわった斎藤真一ですが、旅の間も現地の旅芸人に興味を抱き、彼らの持つ特有のもの悲しい雰囲気に惹きつけられました。3.斎藤真一の歴史
1922年、斎藤真一は岡山県に生まれます。油絵具を買ってもらってから絵に興味を持ち、東京美術学校に入ることを夢見ました。1942年には東京美術学校師範科に合格し上京しますが、召集され海軍に配属になり3年間従軍します。1948年に学校を卒業して中学校教師の仕事を行うかたわら創作活動に励み、第4回日展に出品した作品で初入選を果たします。1958年にフランスに留学して、2年間絵の勉強を続けました。1960年に帰国してからは東北に夢中になり、10年間かけて瞽女を取材し作品を制作しました。1971年以降、新聞小説の挿画の仕事を行いますが、それと同時に長年の取材をもとにした執筆活動も行い才能を発揮しました。4.斎藤真一の代表作品
「湖の唄」1963年 「瞽女津軽じょんがら」1975年 「越後瞽女日記 赤い陽」1976年 「山高帽の父」1988年 「エストレモスの灯」1992年5.斎藤真一の買取査定ポイント
斎藤真一の作品の買取査定ポイントは、作品の種類にあるといえるでしょう。油彩作品のほかにも、リトグラフや銅版画に手彩色の作品、そしてエッチングや木版手彩の作品を制作した斎藤真一。中でも、1点ものの油彩作品は査定額が高い傾向にあります。また、リトグラフの作品などにおいてもサインが施されていないものは、サインが施されたものより価値が劣ると考えて良いでしょう。さらに、人気の高い作品シリーズかどうかも査定に影響します。- 作品の種類
- 人気のある作品かどうか
- 真作かどうか
6.斎藤真一の買取相場価格
斎藤真一の作品の買取相場価格は、約2万円から30万円ほどとなっています。学校教師として働きながらも数々の素晴らしい作品を残した斎藤真一。例えば、1980年制作の「母娘朝立ち」は、ヒューマニズムを感じさせる油彩作品でおよそ30万円で取引されています。タトウ箱などの付属品は付いていませんが、画面右下に絵画作家によるサイン、そして作品裏にはタイトルとサインが施されています。また、「波の音」と題された作品は、日本海の悲しげな波の音が聞こえてきそうな作品となっています。こちらの油彩作品は26万円で取引され、タトウ箱のほか黄袋・共シール付きの状態で出品されました。7.斎藤真一の買取についてのまとめ
斎藤真一の作品の中でも、女性の旅芸人が描かれた作品は人気があります。独特の雰囲気が魅力の斎藤真一の作品を売ろうとお考えなら、真作であることが証明できるかどうかを確認しておきましょう。作品が真作であると証明できるなら、高い価格で買取をしてもらうことができます。品物の取引相場価格を検索
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